どうもこんにちは。このブログを運営している者です。最近、Twitter(note)の方で #おひさまになった経緯 というのが流行っているようなので、私も書いてみることにしました。こういうのは苦手で避けてきたのですが、まあ、せっかくなので、自己紹介とともに自分がおひさまになった経緯について語って見ようかなと思います。
自己紹介
まずは自己紹介から。基本的なステータスは次の通りです。(この情報は2024年5月地点での情報です。多分この記事は更新しません。)
年齢:22歳
性別:男
職業:大学院生
推し:潮紗理菜(卒業メンバー)、上村ひなの、竹内希来里(結構箱推し寄りですが)
あまりこのブログでは自分自身のことを触れて来なかったので、少し恥ずかしいですね…
日向坂46にハマった経緯
このブログでは日向坂46に限らず、乃木坂46のことや櫻坂46のことについても少し書いていますが、推し事の軸足は日向坂46です。まあ、日向坂46の記事多めなので、このことは読者様はお気づきかと思いますが。
ざっくりと
おひさまになった経緯を簡単にまとめると、次のようになります。
ざっくりとはこんな感じです。私は少しずつゆっくりと日向坂46にハマっていったので、明確にコレがきっかけ!というものがなく、なんだかつまんない年表になってしまい、まとめるだけ無駄だったかもしれません。
日向坂46との出会い
(書き終えてから思ったのですが、思ったより前書きが長くなりました。必要に応じて飛ばしてください。)
私が日向坂46に出会ったのは2020年と少し遅めです。2020年というと、コロナウイルスが蔓延し始め、コロナ禍がちょうど始まった年でもありましたが、そのことが日向坂46との出会いに関わっています。
話は2020年3月にまで遡ります。私はこのときはまだピチピチの高校3年生(大学受験生)でした。2019年は大学受験に向けた勉強に勤しんでおり、テレビをほとんど見なかったため、日向坂46のひの字も知りませんでした。受験生の頃は、私の第一志望の大学を目指して必死に勉強していました。しかしながら、私の志望校としている大学の合格点には遠く及ばず、夢は儚く散ることになります。なお、滑り止めとしていた大学でさえ不合格となり、浪人する意思を固めていました。しかしながら、そのようなことを親は許してくれず、不本意ながらも親の意向で、親が勝手にセンター利用で出願していた大学に行くことになりました。私の意思とは関係なく、あれよあれよという間に入学手続きや、一人暮らしの準備が進んでいきました。しかしながら、この辺りでコロナウイルスが襲ってきました。そのため、大学の授業開始日が1〜2ヶ月ほど遅れることになったのですが、一人暮らし用の入居の手続きはもうすでに進めていたようで、私は強制的に一人暮らしの物件へと送還されることになりました。ただ、私が一人暮らしを始めても大学は始まりませんでした。入学式は中止となり、大学の授業はいつ始まるか分からない。一人地元から出てきたので、遊ぶ友達や喋る友達がいるわけでもなく、やらなければいけないことも特になく、ただただ換気扇の音が鳴り響く小さな1Kの部屋の布団の上で空虚な日々を過ごしていました。ゆえに、この大学に進学したけど、この大学に進学したことを酷く後悔し、親の反対を振り切ってでも浪人して予備校に通い、もっとレベルの高い大学に行った方が良かったんじゃないかとばかり思っていました。当時はホームシックにもなっており、物事に対するやる気やモチベーション等いろいろと失っており、鬱屈とした日々を過ごしていました。デキる奴はこのような暇な期間に、大学の内容に向けて勉強するとか、課外活動を行うとかをするのでしょうが、そんなやる気は全く湧かず、ご飯食べて、考え事をするだけの期間の憂鬱な日々を過ごしていました。言ってしまえば、ただのう○こ製造機でした。
私のように不本意ながらも望んでない大学に入学する人でも、進学先の大学で友達ができ、楽しい大学生活を送っているうちに、そのような悩みは割とどうでも良くなるということをよく耳にしますが、コロナがそうはさせてくれませんでした。何もやること(やるべきこと)がない暇な期間を人に与えたら、こうも人は荒廃していくのだとこのとき強く感じました。
しかし、こんな時にも私はやっていたことがありました。それは趣味でもあったYouTube鑑賞です。まあ、これに関してはやっていたことというよりも、これくらいしか物事に取り組むモチベーションが湧かなかったといった方が適切かもしれません。一人暮らしの家にはテレビすらありませんでしたので、布団の上iPadでYouTubeを1日10時間くらい見てました。YouTubeでは基本的に「どんな大学に進学するべきか」とか「浪人はするべきか、しない方が良いのか」とか「高卒と大卒の違い」とか「学歴は人生にどの程度影響を与えるのか」みたいな動画ばっかり見てました(あとはWakatte. TVとか)。そんな動画ばかり見ていたあるとき、YouTubeのホーム画面の「あなたへのおすすめ」欄で「乃木坂工事中」の無断転載動画が上がってきました1。何気なく動画を見てみると、これが結構面白かったのです。当時は女性にも飢えていましたので、若い女性を見ることで癒しにもなりましたし、加えて面白かったので、動画の視聴がかなり捗りました。乃木坂工事中の動画は1本25分程度ありますが、1日10本〜20本くらい視聴し、みるみるうちに乃木坂46にハマっていきました(というわけで実は入口は乃木坂46なのです)。このときはYouTube上に存在している乃木坂工事中の動画を順番関係なく見つけた順に見ていました。そして、相当数の乃木坂工事中の放送を見た私でしたが、だんだん見た回、見ていない回が分からなくなってきていたため、まだ見ていない放送回に出会うため、放送順に系統立てて視聴したいなという思いが芽生えてきました。そこで、私は「神48」というアプリを入れて視聴を始めました。この「神48」というアプリは、48グループから坂道グループまで、アイドルが出演している番組をまとめて見ることのできる違法視聴アプリです(今はもうないと思います)2。このアプリは、乃木坂工事中の動画はもちろんのこと、欅って書けない?や日向坂で会いましょうなどの動画が第1回放送から最新回まで視聴できる優れものでした。そういうわけで、姉妹番組の欅って書けない?や日向坂で会いましょうの視聴もスタートすることなります。なお、このときに私は初めて日向坂46の名前を知ることになりました。そんなわけで、坂道グループ冠番組のおかげで大学進学直後の鬱屈とした気分はいつの日か晴れていき、結果的に自粛期間も楽しい日々を過ごせていたなと感じています。
日向坂46にハマる
大学の授業がオンラインで始まった後も、冠番組視聴の習慣はずっと続きました。そして、坂道各グループの各活動も追っていくようになり、メンバーが出ているバライティー外番組に音楽番組など見始めるようになりました。夏ごろには乃木坂工事中(乃木坂って、どこ?)、欅って書けない?、日向坂で会いましょう(ひらがな推し)ほとんど全ての回を見終えました。このようにして最初こそ3坂追っていたのですが、2020年夏〜秋にかけて、日向坂46に軸足が向き始めるようになります。日向坂46のことが他の坂道グループと比較して好きになったのは、感情の問題のため、自分自身でも明確な理由はあまり分かっていません。多分自分が日向坂46のことを好きになった理由は、自分が意識していないことや明文化できないものも含めて1000個くらいあると思うのですが、主な理由は次の3つだろうと自分では思っています。まず、冠番組が個人的に一番面白いと思ったことにあると思います。特に過去回を遡って視聴していたときに見た「BBQバスツアー」には死ぬほど笑わせてもらった記憶があります。また、自分が坂道の冠番組をリアルタイムで追い始めたのはちょうどリモート回が始まったあたりのタイミングでした。このときからリアルタイムで追い始めた自分にとっては、日向坂46の冠番組が一番面白く感じたというのもあると思います。今でもこのリモート回を見返すと、あのハマり始めた懐かしい気持ちを思い出すので、なんだか泣きそうな気分になります。リモート明け後も「怪談回」や「アンガールズ田中さんの回」などで大いに笑わせてくれました。オンライン授業ゆえ友達もできず、退屈な日々を過ごしていたコロナ禍真っ只中のこの頃は、週に1回の日向坂で会いましょうの放送が1週間で唯一の楽しみでした。2つ目の理由としては、当時公開されたばかりの日向坂46のドキュメンタリー映画「3年目のデビュー」を見て、その日向坂46のデビューまでのストーリーに感銘を受けたからだと思います。「3年目のデビュー」を見て(読んで)、胸を打たれ、日向坂46を応援したいと深く思うようになりました。最後の理由としては、当時の最新リリース楽曲「アザトカワイイ」が良かったというのもあります。明るい曲でコロナ禍の憂鬱な気分を吹き飛ばしてくれる曲でした。この曲含め日向坂46の楽曲を聴きながら、よく大学の課題をやっていたなあ…と思い出します。一方で、少し打算的な理由として、乃木坂46はデビューして8年くらい経っているし、応援し始めるには遅いかもしれないけれど、日向坂46なら去年デビューしたばっかりだし、応援し始めるのに遅くはないかな、と思ったというのもあります。日向坂46も当時はデビューしてまもない時期で、映画が公開されたり、ラジオが始まったりと勢いを感じ、この波に乗りたいと思ったこともあるかもしれません。
超ざっくりまとめると、コロナによって大学の授業開始が延期となり、一人暮らしの鬱屈とした毎日に「日向坂で会いましょう」が彩りを加えてくれたおかげで日向坂46にハマったということになるかと思います。
日向坂46に出会っていなければ、間違いなく鬱になっていたと思います。友達もいなければ、親もいない。志願していなかった大学の授業…
楽しいことが何一つない1年に終わっていたと思います。
ゆえに、私は日向坂46には感謝しかないのです。楽しいと感じなかったであろうコロナ禍を楽しいものに変えてくれたので。
おわりに
本当はこの先の話(2021年以降の話)も書き加えても良いのですが、目的は私が「おひさまになった経緯」を明らかにするということですので、この辺りで筆を置くことにします。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
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