【日向坂46】「僕なんか」を聴いた感想|僕は誰のことなのか?

日向坂46

日向坂46の新曲「僕なんか」が先日の東京ドーム公演にて初披露、その数日後にYouTubeでMVが公開されました。ゆっくりと書いていこうと思っていましたが、共通C/W曲「飛行機雲ができる理由」が19日に公開されるということで、急ピッチで書いております。

フォーメーションについて

フォーメーション、タイトルについては次の記事で書いていますので、合わせてぜひ読んでみてください。

曲について

まずは、曲についてです。「僕なんか」を初めて聴いたのは、東京ドーム公演の2日目でした。東京ドーム公演で7枚目シングルの発表があるということは予想済みなのでそれほど驚きはしませんでした。問題はどんな曲がくるかです。ここ2作品ずっとタイトル大喜利路線でしたから、それが続いたらいやだなあと思いつつ、前のモニターに目の焦点を当てます。そこに映っていた文字は「僕なんか」。大喜利路線からの脱却に安堵するものの、それと同時に「なんとも秋元康っぽいタイトルだなあ」と思いつつ、そのまま楽曲の初披露が始まりました。曲中に思っていたことは忘れてしまいましたが、曲が終わった後は、いい曲だったなという感想を抱きました。ただ、この初披露の翌日にはもう「僕なんか」という楽曲を思い出すことができず、ただ、漠然といい曲だったという感想を抱いたことしか覚えていませんでした。僕が1度聴いた段階でどんな曲か思い出せなかったということは、多分、他の人もどんな曲か思い出せないということ。曲を広く認知させるためには、曲を聴いたときに頭にある程度残ることが大事ですから、そういった意味では、この曲もまたファンの間でしか流行らない曲になってしまいそうです。

今回、作曲者は温詞(あつし)さんという方で、ほぼ同時期に発売された櫻坂46の「五月雨よ」の作曲された方でもあります。温詞さんによる作曲は、坂道グループでは「五月雨よ」が初になります。

また、編曲者はTomoLowさんです。櫻坂46の3rdシングルではかなりの割合でTomoLowさんが編曲に関わっていましたし、これからTomoLowさん編曲の楽曲は増えていきそうな予感がします。

歌詞について

まず、タイトルの「僕なんか」ですが、これは先にも述べたように、いかにも秋元康っぽいタイトルだなと思いました。一人称が「僕」、そして「なんか」という自分を卑下する感じ、全ての文字から香る秋元康の匂い。秋元康はよくゴーストライター説が出ていますけど、これはマジで自分で書いたんだろうなあと思わせてくれる、そんなタイトルです。

続いて歌詞の内容ですが、これもまた、「THE・秋元康」といった歌詞になっています。全体を通して、一人称が「僕」の男性目線の歌詞、主人公は全然動かないなど康の香りがムンムンにしてきます。まあ、一つずつ見ていきましょう。

1番Aメロ(そこに咲いていた花〜君の存在を知った)

これは我々アイドルオタクのことを指しているのでしょう。我々アイドルオタクというのは往々にして、アイドルグループを好きになったときには、もっと早くこのグループを知っておきたかったとかもっと早くグループのことを好きになっていたかったと思うものですし、僕もそのように感じることが多々あります。ファン心理そのものです。

ってか、秋元康ってこういう系の歌詞好きだよなあ。よく日常の何か小さなことに幸せを見つける主人公とかよく見かける(笑)。

1番Bメロ(見た目ではない〜理想の彼女だと分かった)

ここではルックスではなく中身で好きになったと述べています。これは前作の「ってか」と全く同じストーリーを描いています。秋元康の日向坂46に対するイメージはおそらく「見た目はそんなにだけど、中身が素敵」なのだろう。もう、失礼しちゃうわ。ちゃんとメンバー可愛いですよ(笑)。

1番サビ(僕なんか〜愛しさの方向)

僕は君から離れて遠くから眺めているだけだと述べています。でた、お得意の動かない主人公(笑)。秋元康の書く主人公像は本当に動かないことが多いのですよ。ただ、特にこのコロナ禍においてより顕著になりましたが、我々アイドルオタクはアイドルを遠くから眺めているだけなので、ファン心理を意識するならこの歌詞は理にかなっているとも言えます。

2番AメロBメロ(後出しで好きなんて〜聴こうとせずに)

ここでは僕が動かない理由を述べています。それまで主観的に物事を進めていった主人公ですが、ここで一気に客観的に見ています。ここでも「一目惚れとかしたことがないから」と再三、中身から好きになったことを強調しています。

2サビ(君なんか〜この動悸が止まらない)

僕にはもったいないと述べています。かなり自分を卑下しているようです。あと、これは超個人的な意見なのだけれど、”マドンナ”とかいう古臭い言葉を使うのやめてほしい。

Cメロ(ネガティヴになるのは〜真実だって証明しよう)

それまで「僕なんか」と呟いていた主人公ですが、「この愛が真実だって証明しよう」と急に自信をつけ始めました。何かを心に決めたのでしょうか。この理由は後歌詞「間違っていた 思い出の残し方」から読み取ることができます。「思い出の残し方」と言っている以上、近いうちに、僕と君が離れ離れになる可能性を示唆していることになります。これもアイドルを推している以上、よくあることです。ドルオタはメンバーの卒業やグループの解散など色々と経験することになります。日向坂46に当てはめて考えるならば、渡邉美穂が今作をもって卒業し、4期生が入ってくることにより、今の22人体制の日向坂46が崩れることを意味していると考えられます。つまり、我々は今の「日向坂46」とは7枚目シングルを最後に別れることになります。こういったことを考慮すると、次の8枚目シングルでは4期生が合流して参加している確率が高いですね。余談ですが、ここでの「できるなら一瞬」という小坂菜緒の声が非常に甘美。

大サビ(僕なんか〜もう二度と言いたくない)

この歌の最後ですが、「僕なんかもう二度と言いたくない」とポジティブな心情で終了しています。日向坂46の歌は、変わらないままで終わることが多いので、ポジティブな感情になって終わるのは珍しいのではないかという感想を抱きました。

全体を通して

この歌詞全体を通してなのですが、秋元康お得意の「wow」や「yeah」などが一切登場してこない歌になっています。秋元康の書く歌は、間埋めの言葉が挿入されることが多いので、これもまた珍しいなあと思いました。



結局、「僕」は誰なのか

小坂菜緒説

はじめにこの曲を聴いたときは、「僕」は小坂菜緒のことを指しているように感じました。自分に自信がない主人公は今作でセンターを務める小坂菜緒のことで、歌詞中に出てくる「君」は日向坂46というグループ、もしくはそのメンバーのことかと思いました。過去にドキュメンタリーのインタビューで小坂菜緒は自分がセンターでいいのか、という葛藤を述べていた場面がありました。そういった小坂菜緒の性格と歌詞は一致する箇所があります。

また、主人公の「僕」は「君」と「僕」の関係が永遠でないことに気づき、自信をつけ始めます。もし仮に「君」が今作をもって卒業する渡邉美穂だとすると、より歌詞と一致するように感じます。

おひさま説

次に「僕」というのは日向坂46のファン=おひさまのことを指しているのかなとも思いました。これは、前節の歌詞解説の部分で詳しく述べた部分ですから、ここでは割愛します。

受け手によって、さまざまな解釈ができるのがこの歌の面白い部分の1つでしょう。

MVについて

このMVは、小坂菜緒が仮想世界に入り込んで、メンバーと出会うというストーリーになっています。これは、休業していた小坂菜緒が活動を再開するというストーリーをそのまま描いた作品となっています。

どちらが現実世界か

先ほども述べたようにこのMVは一見すると、小坂菜緒が現実の世界から仮想世界に入り込むように見えます。ただ一方で、小坂菜緒は仮想世界に入り込んだまま、メンバーを現実世界に戻すことなくPCをシャットダウンします。つまり、本当は仮想世界と現実世界が逆で、メンバーが本当の現実に連れ戻したという見方をすることもできます。

おわりに

MVの考察についてはまだまだ議論の余地がありそうです。ただ、これ以上考えると私の頭がパンクしそうなので、とりあえずこの辺りで止めておこうと思います。次は「飛行機雲ができる理由」についての感想記事を書こうと思います。最後までお読みいただき、ありがとうございました。ではまた。

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