【日向坂46の潮流1】JOYFUL LOVEからの脱却と誰跳べの後継曲を探す旅

雑記

シリーズ「日向坂46の潮流」、第1回となる今回は「JOYFUL LOVEからの脱却と誰跳べの後継曲を探す旅」というテーマで書いていきたいと思います。

なお、以下は全て一ファンの戯言であり、運営の意図やメンバーの意図を反映したものではないことにご注意ください。

はじめに

私は、普段、日向坂46を追っているなかで色々と思うことがある。もちろん、”良いこと”を思うことも多々あるわけだが、一方で、”負の感情”が伴うことを思うこともある。日向坂46の活動のなかで起こる一つ一つの事象に対して、疑問に思ったり、首を傾げたくなることが時折あるわけである。私が本ブログを始めた目的の一つに、そのことを発信したいという思いがあったわけであるが、そのような記事は記事を書くのに時間がかかるにもかかわらず、あまり閲覧されず、誰にも読まれない”ゴミ記事”となり、Googleからのサイト全体の評価を下げるだけとなってしまうことがほとんどであった。このことに気づいたときから、このような記事はほとんど書かなくなってしまった。

しかしながら、このことは同時に、ブログに深みがなくなってしまっているとも感じてしまっている。私がブログを始めた当初は、このような思いや感情を発信したいという気持ちがあった。日向坂46ファン独自の視点を加えるで、他のまとめ記事と差別化を図り、独自性を持たせた記事を発信したいと考えていた。今でも一部の記事でその思いは残っており、例えば、坂道系のブログでよくある「ミーグリ完売表」でさえ、1次受付や2次受付の結果に対しては、それを受けて感想を記載するようにしている。そのような感想は、人によってはノイズになり、不要に感じる人も多いかもしれないが、一ファンからの視点は、いつ何時、誰にでも書けるわけではないため、記事そのものに独自性を持たせ、他サイトのミーグリ完売表記事と差別化できていると考えており、個人的にはそのやり方に満足している。しかし、そのような記事を書くために労力をかけも、意に反して、そのような内容は(おそらくは)必要とされておらず、無駄であると薄々感じている。このことを考えているうちに、ブログを始めた当初の考えから逸れはじめ、自身の考えを発信しなくなってしまった。

ただ、ここ最近ではこれまでの日向坂46の歴史にはないほど、大きな変化を迎えている。特に、2024年から2025年にかけて、日向坂46は端境期であったように思う。2025年1月に最後の一期生となっていた3名のメンバーが卒業発表し、同年5月までに一期生全員が卒業した。そしてその後も、2期生がそれに続いている状況であり、先日、卒業発表した河田陽菜含め、2024年および2025年に卒業をしたメンバーは11名にものぼった。一方で、2025年3月には日向坂46にとって新しい風となる五期生が加入し、今年の5月には、BRAND NEW LIVE 2025と銘打ったライブ「OVER THE RAINBOW」が開催された。このような大きな変化を迎えている状況下で思うことは多々あり、このことはファンとして、変化を迎えている今しかかけないと思い、自身の備忘録的な意味でも記録として残しておきたく、本記事を書くことにした。

メンバーの卒業と新たなメンバーの加入

諸言でも少し触れたが、ここ最近、メンバーの卒業が続いている。最近のメンバーの卒業ラッシュは、日向坂46はデビューしてから2022年までメンバーの卒業が少なかった反動も影響しているかもしれない。一方で、2022年には四期生が、2025年には五期生が加入し、世代交代が進んでいるなかで、新たなフェーズへと突入したと言えると考える。

新章突入

2025年5月に一期生が卒業し、新章に突入したという声をよく耳にする。2025年5月に放送された「あちこちオードリー」の日向坂46ゲスト回にて、オードリーの若林さんは、4月のひな誕祭を受けて「一期生が卒業するまでは、第一章って感じで思ってた」と述べられていた。

実際に、ファンからもそのような声が多く、ひな誕祭において、キャプテンの卒業セレモニーが行われるDAY2では、けやき坂一期生OGが集合した。また、キャプテンも一期生の久美さんからみくにんへと継承され、一期生が全員卒業した直後には、BRAND NEW LIVEが開催され、これまでの伝統的なセットリストから大きな変更があった。このような出来事に遭遇し、私としても、新章に突入したと感じるが、第二章に突入した、というよりは第四章くらいの突入の感覚がする。一期生全員卒業以外にも、日向坂46はこれまで、けやき坂46結成後、日向坂46への改名、東京ドーム公演の達成、渡邉美穂の卒業と四期生の加入など、多くの大きな転機に遭遇してきた。一期生全員卒業はその軸上にあるような出来事であり、これら出来事と比較して、特別大きな出来事と、個人的には捉えることができていない。

というのも、このことは、日向坂46の成り立ちの特殊性による、一期生の捉え方に関係していると考えている。日向坂46一期生=けやき坂46一期生は、一般に、いわゆるオリジナルメンバー(オリメン)と呼ばれる世代であり、オリメンの卒業は、けやき坂46が結成されてからの一つ紡いできた物語が終了するということになる。しかし、日向坂46においては、その成り立ちの特殊性から、二期生もどことなくオリメン感があるため、私の中では、オリメン全員卒業したという感覚がしない。すなわち、私の中では、グループ活動を追っていくうちに、一期生+二期生(+上村ひなの)=オリメンという認識を自然とするようになったのである。日向坂46に限らず、一般に、アイドルグループでは、一期生がそのグループのアイデンティティを形成するため、アイドルグループでは、初代からグループを築き上げてきたオリメンの卒業は、ファンに大きな影響を及ぼし、アイドルグループの正念場となることが多い。しかしながら、日向坂46においては、個人的に、オリメンを、一期生+二期生(+上村ひなの)と捉えているため、他のアイドルグループと比較して、その影響は小さくなっていると考えている。これは、私が、一期生のことを過小評価しているということではなく、あくまでも、日向坂46の成り立ちの特殊性によるものである。なお、このことは、私が特別感じていることというよりも、私以外の多くのファンも感じていることのように思う。

すなわち、日向坂46における本当の正念場は、一期生が全員卒業したときではなく、二期生(+上村ひなの)が全員卒業したときになるのだろうと考えている。いま、四期生や五期生を応援してくれているファンの中には、二期生のメンバーと一緒に応援しているファンの人もいる。そのようなファンの人は、最後の二期生が卒業しても、グループを応援し続けてくれるのだろうか。そう遠くない将来、その時が来ると思うが、やや怖い。

では、私はなぜオリメンを、一期生+二期生(+上村ひなの)と捉えるようになったのか?日向坂46の成り立ちの特殊性とはなんだろうか?個人的には、日向坂46のけやき坂46をアイデンティティの根幹とした活動にあったと思う。日向坂46改名後、しばらくは、映画「3年目のデビュー」や書籍「日向坂46ストーリー」などで、けやき坂46を根幹のアイデンティティとして活動していた。けやき坂46での活動があるから、今の私たちがあるというものである。このストーリーには多くの共感を呼び、デビュー直後には、ファンが大きく増えるなど、一定の成果があった。しかし、このストーリーは二期生(と上村ひなの)までにしか通用せず、けやき坂46をほとんど経験してない三期生や四期生、五期生は通用しないのである。すなわち、私は、最後の二期生が卒業したあとは、アイデンティティの再構築を行う必要があると考える。どのようなアイデンティティの再構築を行えば良いのか?

日向坂46のアイデンティティ

では、そもそも日向坂46のアイデンティティとは何なのか?仮に、日向坂46のアイデンティティをけやき坂46とするならば、けやき坂46のアイデンティティとは何だったのか?
このことは、今野さんのインタビューで端的に述べられている。

ひらがなはもともとアンダー的な立ち位置ではなく「長濱ねるのために仲間を作ってみてはどうだろう?」という秋元先生のアイディアが根本にあります。
だから「自分たちは何者なのか」と自問自答する宿命を背負ったグループなんです。

今野義雄「Quick Japan col.135」より

その成り立ちから、けやき坂46はアンダーでも本体でもない特殊なグループであり、このことに長らくメンバーは悩まされるのであった。一時期あった本体との合同選抜も反故となり、ますます自分たちの存在意義を失っていく。奇しくも、そんなけやき坂46にアイデンティティを与えたのも、また今野さんだった。あるとき、今野さんから「君たちを見ているとハッピーオーラを感じる」(うろ覚え)と言われ、ハッピーオーラという軸を獲得し、日向坂46への改名によって、アイデンティティを確立していくのであった。しかし、今度は、確立された日向坂46に外側から入ってきた四期生が、アイデンティティの確立に思い悩むのであった。

乃木坂五期生さんならビジュアルだとか、櫻坂三期生さんはパフォーマンスだ、日向坂四期生はハテナというのが多いんです

山下葉留花「Behind the scenes of 新参者 LIVE at THEATER MILANO-Za」より

そんな彼女達も、新参者を通して、メンバーとファンの一体感をスローガンに、徐々にアイデンティティを獲得していくのであった。メンバーとファンとの一体感、これは、四期生から始まったものではなく、けやき坂46から続いているものである。例えば、秋元康は次のように述べている。

予定していた武道館公演を急遽ひらがなけやきがやることになったんです。その時はメンバーもファンもみんな「さすがにそれは無理だろう」と思っていたんだけれど、結果武道館3デイズを満員にした。それで彼女達は自信を持ったし、そこでファンも連帯したわけですよ。ひらがなけやきは俺たちが守る、と。その後彼女達は日向坂46という名前を与えられ、さらにファンとの連帯感も強くなり、彼女達はそんなファンのことを”おひさま”と呼ぶようになっていく。

秋元康「SWITCH Vol.42 No.7 特集 坂道白書」より

そして、2024年には、四期生だけでなく、グループ全体として、そのアイデンティティを探していくようになった。2024年の日向坂46は、そんな年だったと思う。結果として、ひなたフェス、そしてそこから続く東京ドーム公演では、メンバーとファンに加え、さらには、宮崎県の人たちやオードリーさんと協力し、周りを巻き込みながら、一体となってライブを作り上げ、みんなで幸せになっていく。これが、先輩達が作り上げてきたハッピーオーラを下敷きに、周りの人との一体感によって強化された、2024年に作り上げたアイデンティティだったのだろう。

一方で、2024年はある目標に向かって走った1年でもあった。その目標というのは東京ドームライブである。昔、けやき坂46の時代から東京ドームライブを目指していた。2022年に念願叶い、その目標を達成できたわけであるが、その後、しばらく目標を失ってしまう。そこで、達成された最初の目標をさらに発展させ、最初の東京ドームに立っていなかったメンバーも含めて東京ドームに立つということを目標として掲げ、そこに向かって走っていった。このように、メンバーは継承されたものを積み上げていったのであった。

これらは決して、これまであったものを壊して、新たに生まれたものではない。これまでメンバーが作り上げてきたものを下敷きにして、生まれてきたものである。この背景をもとに、BRAND NEW LIVEでのみくにんのスピーチがあるのだと思う。

新しく生まれ変わることではなくて、新しい何かが生まれること。それが、私たちグループが思った新生日向坂の意味です。

髙橋未来虹「BRAND NEW LIVE 2025『OVER THE RAINBOW』」より

また、BRAND NEW LIVEでみくにんは次のようにも述べていた。

変わらないものと変わってゆくもの。どちらも愛せたら、まだ知らない景色が、私たちとおひさまを待っているんじゃないかって。眩しい未来を信じてみたいと強く思いました。

髙橋未来虹「BRAND NEW LIVE 2025『OVER THE RAINBOW』」より

何事も時が経てば、変わっていく。それは、アイドルグループでも同じである。日向坂46もここ2〜3年で、メンバーの加入や卒業に加え、全員選抜から選抜制への移行など、その体制も大きく変化した。しかし、ハッピーオーラを基盤とした、巻き込んだ周りの人を幸せにしていく力は変わっていない。メンバーの変化や体制の変化はあっても、その根底でグループに流れ続けているものは変わっていないのだ。

ただし、このことが今後うまく機能し、二期生が卒業した後もファンを引き止める力になるかどうかは分からない。ただ、このことが、日向坂46メンバーが考えた、新生日向坂の意味であり、これからも受け継がれていくことなのだろう。

なお、改めて言いますが、これらは全て一ファンの勝手な考えであり、メンバーの考えを必ずしも反映したものではありません。この考えの答え合わせがいつかできることを願っています。

種花の成功例

日向坂46の所属する事務所であるSeed&Flower株式会社(通称、種花)は、過去にグループの再起を成功させた事例がある。櫻坂46、唯一の成功例である。櫻坂46の前身である欅坂46は、絶対的なエースを軸としたグループ活動をしていた。しかし、絶対的エースは突然脱退。アイデンティティクライシスに直面した彼女達は、一度、ある種の”解散”を行い、改名をした。これまで1期生中心でのグループの活動も、2期生中心のグループ活動に変え、一度アイデンティティを精算し、一から作り直すということをした。種花の唯一の成功例が、これだけであることを考えると、日向坂46のメンバーの考えとは関係なく、完全に生まれ変わるということをせずに、再起を行い、成功した例は過去にないため、そのことは難易度が高いようにも感じる。これは無理ということを言いたいわけではなく、難易度が高いゆえに、挑戦する価値も高いということである。

ライブセトリの変化

日向坂46のアイデンティティについて感じていることを書くだけで、少々息切れしたので、ここからは簡単にいきます(何としても来週の全国アリーナツアーが始まるまでにこの記事は書き上げたいので)。

JOYFUL LOVEからの脱却

アイドルグループでの活動の中軸を担うもの、それはやはりライブである。先に私は、日向坂46のライブは、メンバーとファンで一体となってライブを作り上げてきたという旨のことを述べたが、日向坂46のライブでそのことを強く感じさせる曲がある。「JOYFUL LOVE」である。

「JOYFUL LOVE」では、ファンがペンライトで虹を作り上げる。事前に有志のファンがどの客席をどの色に照らすか決め、ライブに参戦するファンは、それを見て、手動で色を変え、担当の色に照らす。もちろん、毎回、ライブで「JOYFUL LOVE」が披露されるわけでなく、虹案を考えたとしても、「JOYFUL LOVE」が披露されず、その努力が無駄に終わることもある。しかし、その行為そのものが、メンバーとファンで一体となって作り上げるライブという付加価値を与え、日向坂46のライブの一つの強みとなっていたと考える。しかし、BRAND NEW LIVEで披露されなかったように、新生日向坂に伴い、定番曲であった「JOYFUL LOVE」が、いよいよ披露されなくなるフェーズに入りつつある。これには、「JOYFUL LOVE」がある意味、予定調和になりつつあることが背景にあると思うのだが、このことがどのようにファンに受け止められるのだろうか。

BRAND NEW LIVEでたまたま「JOYFUL LOVE」が披露されなかっただけなのか、意図的に外したのかは、来週から始まる全国アリーナツアー2025「MOSTER GROOVE」で判明するわけだが、どうなることやら。個人的には「JOYFUL LOVE」からの脱却する必要はないとは思うのだが、きっと、そう呑気なことは言ってられないのだろう。まあ、仮に来週の全国アリーナツアーで披露されたとしても、いずれ「JOYFUL LOVE」から卒業するときがやってくる。「JOYFUL LOVE」に期待しているファンも多いので、これは大きな挑戦だろう。うまく乗り越えられるのだろうか。

誰跳べの後継曲を探す旅

一方で、「JOYFUL LOVE」以外に大きな局面を迎えている曲がある。「誰よりも高く跳べ!」である。ひらがなけやきから屈指の人気を誇る楽曲であり、日向坂46への改名後も「誰よりも高く跳べ!2020」として、アルバムに再録されるほどである。しかし、BRAND NEW LIVE以降、いくつかのフェスがあったが、そこではこの曲が披露されることはなく、その後継曲として「愛はこっちのものだ」が披露された。運営としては今後も定番曲にしていきたいのか、15thシングルでは、再録され、「愛はこっちのものだ2025」が収録された。

そもそも、運営は誰跳べの後継曲を探していた。もともと運営は、「君は0から1になれ」を「誰よりも高く跳べ!」の後継曲にする予定だった1。その証拠に、「君は0から1になれ」と「誰よりも高く跳べ!」の作曲家さんは同じであり、作曲家さんも「君は0から1になれ」が「誰よりも高く跳べ!」の後継曲へとツイートされていた。しかし、運営の意図に反して、「君は0から1になれ」はファンから受け入れられず、YouTube再生スピードは当時では過去最低、2023年における日向坂46低迷の象徴にまでなってしまった。そこで悩んだ運営は、「愛はこっちのものだ」を「誰よりも高く跳べ!」の後継曲にしたのだと考えている。

なお、改めて言いますが、これらは全て一ファンの勝手な考えであり、運営の考えを必ずしも反映したものではありません。

「愛はこっちのものだ」は「誰よりも高く跳べ!」の後継曲としてふさわしいのだろうか。このことに関して、Twitterでは反対意見があまり散見されていないのだが、ファンの多くがこのことを受け入れているとはにわかには信じ難い。一期生がいた頃に「愛はこっちのものだ」があまり披露されていなかったことを考えると、ファン人気もそれほどないのでは?と考えてしまいたくなる(ファン人気があったのなら、魔物のようにリリースした直後からバンバンライブでやっているでしょうし)。タオル曲が欲しいのなら、「好きということは…」という素晴らしい曲があるので、それでいいのでは?と思っているのが、正直なところである。まあ、このように、変化を拒むのがオタクの良くないところであるのは重々承知しています…

そもそも、個人的には、誰跳べは誰跳べでよく、後継曲なんて探さなくても良いと思っている。「君は君のままでいいんだ」ってことですよ。誰跳べで十分ライブが盛り上がっているにも関わらず、なぜ運営は誰跳べの後継曲を探しているのだろうか。このことに関して、私は、最初、三期生や四期生のように、日向坂46になってから加入したメンバーが増えていく中で、日向坂46がけやき坂46を頼る(=けやき坂46をアイデンティティにする)のではなく、日向坂46になってから加入したメンバーとして、日向坂46の楽曲だけで勝負しなければいけないフェーズに差し掛かっているためであると考えていた。しかし、この考えはすぐに裏切られた。なんと、15thシングルにけやき坂46の再録曲「ハロウィンのカボチャが割れた2025」が収録されるとのことじゃないですか!けやき坂46の曲が再録されるということは、すなわち、今後ライブでも披露されるわけであって、この発表をもって、私の仮説が一気に崩れ去ってしまった。わけわからん。誰か運営が何を考えているか、教えてください。

その他雑感

上記で述べたこと以外に最近の日向坂46に感じていることを簡単に述べます。

表題曲センターについて

今年に入ってから、二期生が表題曲センターを務めることが多くなった。このこと自体は嬉しいのだが、グループの将来のことを考えると、二期生を表題曲センターにしていても良いのだろうか、と考えたくなる。二期生もいつまで日向坂46に在籍してくれるか分からない。いつの日にか、四期生や五期生がグループの中心になり、センターを担うようになる時が来るだろう。これは、二期生が卒業してからでは遅い。二期生が在籍しているうちに、四期生や五期生にセンターをさせて、世代交代を促してほしいと思います。また、五期生を表題曲入りさせて、「小坂菜緒」「正源司陽子」「大野愛実」でフロントを組んでほしいなと思う。このときに、インパクトということを考えると、五期生のまなみんをセンターに据えるのであれば、変に表題曲選抜入り二列目(orフロント)ということをやってから、次のシングルでセンターということではなく、表題曲選抜入りと同時にセンターに据えるべきだと考えています。君はハニーデューのときのよーこのときのように。

続くメンバーの卒業

特に、最近は、誰かの卒業を完全に見送る前に、別のメンバーが卒業を発表しており、常に卒業発表したメンバーの卒業を待っている状況である。この状況は不健全な状況であり、常に悲しみに暮れてしまう。去年と今年にあったけれど、三人同時卒業発表や四人同時卒業発表は、一回一回の衝撃度は大きいが、トータルとして、悲しみに暮れる時間は少なくて済む。一人一人の卒業がやや蔑ろになってしまうというデメリットもあるが、グループの将来性を考えると、同時卒業発表の方が良いかもしれないと最近考えるようになりました。

選抜制度と全員選抜のこととか、まだまだ書きたいことがあったのですが、ちょっともう時間がないので、この辺で筆を置くことにします。まあ、このことは昔書いた記事から大きく意見は変わっていないので、改めて書かなくても良いかなと。

おわりに

自分の書きたいことをかなり詰め込んだ結果、結局、何を伝えたいのか、よく分からない記事になってしまいました。ここまで付き合わせてしまった読者の皆さん、申し訳ないです。

まとめると、現在、日向坂46は二期生の卒業という正念場を迎えつつあり、これをどのように乗り越えていくのか、注目していきたいところです。私は、これからも相変わらず、応援して行きたいと思います。

  1. 潮紗理菜のサリマカシーラジオより
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